苗場山、山頂遊歩 1996年秋

 

 9/14(土)〜16(月)の3連休を利用して2泊3日の山旅です。今回の同行者は私の山師匠でした。

1)何故「苗場山」なのか

 本来の予定では、なんとかもう1日休暇を取って尾瀬へ行くつもりだったのですが、世の中そんなに甘くなくて休暇が取れませんでした。代打役として急きょ候補にあがったのが、以前から気になっている苗場山だったのです。尾瀬へ行くことに比べれば苗場山の方が近いということで、2泊3日でもゆっくりと山旅が楽しめると踏んで決定です。

 では、苗場山がなぜ気になるのか。

 a.日本において比類なき雰囲気の山である。
 b.富士山が見える真北方向の端である。
 c.信州秋山郷へ行きたかった。

 苗場山の山頂は周囲4キロメートルもあるそうですが、それが平な山頂部だというから驚きです。しかもそこには湿原が広がり「苗場」の名の由来となる池塘が点在するというではありませんか。果たしてそんな世界が現実にあるのか、この目で確かめずにはいられません。また多くのFYAMAPPerはご承知のように、苗場山からは富士山が見えるということが実証されています。これも視認できればもうけもの。そんな思いとともに、北信の秘境と言われる「秋山郷」への旅もセットにできることが、今回のもくろみでした。

 果たして、富士山は見えたのか!!

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2)秋山郷

 秋山郷は信州栄村の一地域ですが、私たちは国道に沿っていったん新潟県の巣南町に入って、中津川沿いにさかのぼるルートをとりました。自宅を出発したのが午前9時半頃。秋山郷の宿に着いたのは午後4時前でした。天気予報では晴れに向かうとのことだったのに、到着直前から雨となっていました。秋山郷の宿は「小赤沢」という地区にある「秋山館(しゅうざんかん)」です。栄村の秋山支所の隣にあります。夕食まで時間があるので、近くにあるという「楽養館(らくようかん)」という温泉へ行きました。鉄分を多く含む温泉でお湯が赤く濁っています。温度は低めですが後でポカポカしてきました。なかなか風情のある建物で入浴は300円です。お薦めです(^^)

 秋山館は「山の便利帳」(山と溪谷誌の付録)に載っています。したがって登山者の利用が多いようです。何でも明治から山の宿として営業しておられるとのこと。山行予定に合わせて朝食を用意してくださったり、下山後にお風呂を利用させてくださったりといった配慮があるのでうれしいですね。秋山館の夕食は食べきれないほど出てきました。すっかり満足して部屋へ戻ろうとすると、宿の奥さんがアルバムを貸してくださいました。秋山郷そして苗場山の写真が収められたものです。どうやら長野のお客さんが随分とこの地とこの宿を気に入って寄贈されたもののようです。私たちはその風景や花々の写真を見ながら、明日の山行への思いをはせたのです。宿の風呂も温泉だそうです。こちらは透き通ったお湯です。また風呂に入って部屋でTVなど見ていました。明日の朝は7時に朝食をお願いしています。5時に出ていくというお客さんもおられました。外はまだ雨がしとしと降っています。明日はあがるだろうかと少し心配しながら、床に就きました。

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 秋山郷にはたくさんの温泉があります。何しろ苗場山は火山ですから、当然といえば当然。日本では珍しいアスピーテ型火山だそうです。(最近はそういう分類はしないのでしょうか →地理の先生様)

3)苗場山へ

 朝目覚めると、雨は上がっていました。天気予報では快晴と言っています。しかし雲が多くて苗場山はおろか鳥甲山もガスの中です。朝食をとっていよいよ出発です。秋山館の奥さんは実に親切な方で、登山口までの林道を細かく説明してくださいました。小赤沢からの道は工事中で、少し遠回りしなくてはならないようです。途中から未舗装の林道ですが、広くて凸凹の少ない走りやすい道です。その終点に小赤沢登山道3合目の駐車場があります。30台程停められますがすでにたくさん停まっていました。やはり連休とあって登山者が多いようです。

 いよいよ歩きとなります。昨夜の雨のためかいきなりぬかるんでいました。樹林の中を行く道で勾配はきつくありません。すぐに4合目の標識に到着し、水場の看板があったのでコーヒーを飲むことになりました。そのあとも1合目ごとに標識が立っています。道は相変わらずぬかるんでいて上から降りてくる人たちは泥だらけになっています。先が思いやられます。確かにところどころにやや難所と思われる箇所がありました。慎重に通過したので汚れずに済みました。とにかく道はずっとそんな状況です。途中にまた水場がありますが、特に補給の必要も無かったので通過。上部に行くと薄いガスの中に突入しました。7合目を過ぎたあたりから樹木が低くなります。師匠がもうすぐ山頂だと言って指をさします。そんなばかなと思いながら登ってみると、そこは確かに山頂でした。

 意外な程にあっさり到着してしまったので、やや拍子抜け。けれどもそこは最高地点ではありません。広大な山頂部の端に着いたに過ぎないのです。湿原がありその中を木道が延びています。湿原はもう褐色になっており、これがいわゆる草紅葉だろうかと思いました。そこから最高地点の近くに建つ山小屋までは、まだ距離があります。低い樹木の繁る平な森にいったん入り、それを抜けるとさらに広い湿原に躍り出るのです。たくさんの池塘が点在し、「苗場」の名に納得してしまう光景が広がっています。山頂がこんな風になっていていいものかと、おかしな疑問を抱きながら、この比類なき風景を目の当たりにしていることに満足していました。

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 苗場山の登山道はいくつかありますが、新潟県側はかぐらスキー場からの道が、長野県側は小赤沢からの道が、多く利用されているようです。

4)苗場山、山頂遊歩

 とにかく不思議な山頂です。平に広いのです。しいて言えば緩く傾いているようです。最高地点は遊仙閣という山小屋の脇にあるのですが、とてもピークとは呼べません。どうしたらこんな地形ができるのでしょう?山頂ヒュッテに着いたのは午後0時過ぎ。宿泊者の1番乗りでした。師匠は何を考えていたのか昼食を持参していないとのこと。私は持参のインスタント雑煮と魚肉ソーセージを食べ、師匠は小屋に頼んでカレーを作ってもらいました。小屋の人ものんびりしていたし、今日は余裕で寝られそうです。

 夕食まで大いに時間があります。山頂の散策を始めました。
 まず、小屋の裏にある展望台と称される場所。まだガスが多くて山は見えませんでしたが、眼下に小赤沢の集落が見えました。次にかぐらスキー場方面の登山道へ。山頂部の外れまで来ると、いきなり切れ落ちています。山が台形になっているのが実感できます。カッサダムやナエバスキー場方面が、ガスの切れ間に見え隠れします。湯沢方面も見えます。神楽峰というピークを伝って、たくさんの人が上がってくるのが見えます。今度は赤湯方面の登山道へ。こちらは人が少ないです。湿原の中を延びる木道に沿って歩いて行くと、やはり切れ落ちた場所に達します。山頂部の端ですね。池塘から流れ出た水が、小さな流れとなって落ちていきます。ここでコーヒータイムとしました。十分に休憩した後その道をまた小屋まで戻りました。そこからは私一人で竜ヶ峰方面の道へ行ってみました。

<散策路の途中で見つけた祠や石碑>

 小赤沢へ行く途中から分岐するのですが、この道には木道がありません。標識と踏み跡だけが頼りです。いきなり水に浸かっている場所に出ます。その縁を回り込んで進みます。こんな具合で足場の悪い道が続きます。結局このルートでは誰にも出会いませんでした。おかげで静かな湿原散策を楽しめました。途中からは背の低い森に入り、やがてまた段のある場所に出ました。しかしこの段差は少なく、その向こうにはまた1段低い平な場所が広がっています。

 どうやら苗場山の山頂部は2段構えのようです。高い1段目はほとんどが湿原で、その中に少し樹木が生えています。低い2段目は低い針葉樹の森が広がり、その中に湿原が点在しています。これもまた面白いですね。そんな発見に満足しながら、小屋へ戻ることにしました。ガスもほとんど無くなってきて、池塘の水面がキラキラと光っています。なんて素敵な山頂なのだろうとうれしくなりながら歩いていきます。小屋では大変なことが起こっているなんて夢にも思いませんでした。

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5)苗場山頂ヒュッテ

 小屋に戻って見たものは、すごい人、人、人・・・。
 そうです、この数時間の間に10人規模のパーティが何組も小屋入りしたのを含め、連休ともあってたくさんの人が押し寄せていました。余裕で寝られると思っていたのが、4畳に8人という惨事になったのです。楽しみにしていた夕食も、カレーが小さな皿に1杯のみ。しかも3交代で入れ代わりでとります。小屋側もこんなに繁盛するとは思っていなかったようですね。あわれなのは昼も同じカレーだった師匠です。食事を終えるともう寝るしかなく、狭い寝床で横になりました。我々は予約していったのですが、そういうことを知らない多くの人の前には意味を失いました。山小屋は予約の必要は無いという常識が、まだまだ大勢を占めているようです。けれども登山ブームと言われる昨今において、宿泊予約を心掛けることは必要ではないでしょうか(この問題はまた別で述べます)。

<苗場山頂ヒュッテへ>

 夜中の2時頃だったでしょうか。宿泊客の誰かが、星がすごくきれいだと話しをしています。たまらず私も起き上がって外に出ました。さすがに都会が近くに無い山です。まさしく満天の星空でした。星が降ってくるようだとはこのことを言うのでしょう。しばらく首が痛くなるほど見上げていました。再び寝床に戻ります。自分でも眠ったのかどうかわからないうちに4時半頃になりました。動きだす人々がいます。5時になると発電機が始動しました。天気は良さそうですので、ご来光を見に行きます。東の空の一部が赤くなってきています。雲の上にポコポコと山の頭が見えますが、未知の山々でわかりません。やがてオレンジの点が灯り、少しづつ大きくなっていきます。今年3度目のご来光です。

 太陽が昇ると辺りに水蒸気が立ち始めました。これもまた幻想的な風景。その中を小屋まで戻り朝食をとることにします。ところがすでに食事を待つ行列が出来ていました。仕方がないので第1陣が終了するのを待って並びます。そのとき外から戻った中年女性が叫びました。

 「槍穂やハクバがきれいに見えるわよぉ!!」

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 苗場山は信越国境にある奥深い山です。ところが条件さえ整えば東京からも見えるそうです。またここから富士山が見えるということも実証されました。展望の話題にも事欠かない山です。

6)苗場山からの展望

 槍穂やハクバ。その言葉に反応してしまうFYAMAPPerの性。せっかく朝食のために並んだのに、カメラを持って外へ飛び出しました。小屋の正面には南側の山々が見えています。少し行くと南西方向に視野が開けます。おぉ、北アルプスがくっきりと連なって見えています。どうやら乗鞍岳まで見えているようです。この連峰の右には妙高山と火打山が並びます。

<北アルプス方面の展望>

 この方向の山は見慣れていますから良かったのですが、南から東方向はさっぱりわかりません。そこで持参のMB(注)画像のプリントアウトの登場となります。まず南方には志賀高原付近の山々があります。そのすぐ左には大きな浅間山が見えます。その右奥には蓼科山と北横岳が見えています。さらに左へ目をやると、奥秩父の甲武信岳などが遠方に見えます。

<浅間山や志賀高原方面>

 さらに左手に回ります。手前に仙ノ倉岳、その奥に谷川岳が近いです。それらが眼下に見えるのが、苗場山の高さを思わせます。それより遠方は雲が覆っていますが、頭だけを出す山がいくつかあります。谷川岳の遠方にはどうやら日光白根山が。左方向には燧ヶ岳が見えています。燧ヶ岳の右のゆるやかな峰は至仏岳でしょう。燧ヶ岳から左にやや離れて見えるのは平ヶ岳でしょうか。

<谷川岳方面、左遠方に日光白根山>

 こんな具合で、ひとつひとつの細かい同定はできなかったものの、見たことのない山々を見ることができました。さて問題は富士山です。視点を奥秩父の方向に戻しましょう。その奥にチラリと峰らしきものは見えないでしょうか。肉眼ではさっぱりわからなかったので、双眼鏡を取り出して目を凝らします。うーん。やっぱり見えません。何度もその方向に双眼鏡を向けたのですが、やはりだめでした。

 一段落して小屋へ戻ります。もう朝食は最後になっており、私の一人分だけが空いていまいた。あやうく食いそびれるところでした。すっかり遅れてしまいましたが、早々に朝食を終えて荷物を準備します。あれほどいたお客さんもすっかり少なくなっていました。天気は快晴です。こんなに素晴らしい景色なのに下山せねばなりません。小赤沢方面への木道を歩いていきます。途中から鳥甲山の荒々しい姿も見ることができました。山の右側は赤茶けた岩肌、右側は青っぽい岩肌がのぞいています。ピークは三角に尖っています。

<荒々しい山容の鳥甲山>

 いよいよ山頂部の端に到着。この景色も見納めです。やや名残惜しいものがありましたが、別れを告げて下りにかかりました。

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7)個性ある山の魅力

 苗場山の下山は、またぬかるみに気をつかいながらの道のりでした。樹林の中をクルマのある3合目まで下りました。振り返ってみても、あの山頂の様子はとうてい想像できません。まるで夢の中にいたようです。帰りにはそこから近い栃川という地区にある温泉に寄りました。キャンプ場の隣接する小さな温泉でしたが、我々の他には誰もおらず、ゆっくりと疲れを癒せました。ここも1人300円でした。

 これで今回の山行は終わりです。「比類なき」という言葉を使いましたが、この苗場山には強烈な個性があります。深田久弥氏が百名山に選定して当然とも言えます。もし何も知らずにその山頂に達したとしたら、その光景を見て唖然とするに違いありません。いや、知っていても驚きました。

 宿泊者の一人が「こんなピークもわからないような山は面白くない」というようなことを言っていました。私にはその気持ちがわかりません。あの素晴らしい光景を目の前にして素直に感動しましたし、ピークがあろうとなかろうとまぎれもない山の魅力を感じました。個性の強い山は、それだけで引きつけられるものがあります。確かにピークハントを求める向きには物足りない山かもしれません。それは逆に比較的容易にこの山に登ることができるということでもあります。小赤沢からのルートには危険箇所も無く、何よりも温泉豊富な秋山郷がありますね。山の魅力を考える上でも、皆さんに是非一度訪れていただきたいとお薦めできる場所です。自分にとってアプローチ困難な山へ到達したときの達成感。それはもちろん魅力のひとつであります。その一方で山の個性を楽しみ、山に遊ぶ余裕を持っていたいと思うのです。私が霧ヶ峰や富士見台へ訪れるのも、そんなところにあるのかもしれません。

 「苗場山」。山上に広がるあの世界が、今もなお遠く信越の地に現実に存在すると思うと、何だか不思議な気分になります。

  おわり

(1996.9.16〜21 FYAMAPに掲載)

※ (6)で注釈を付けた箇所の説明です。

 MB:Map Brothersの略。
 インターリミッテドロジック社(ILL)販売の、地形の3Dシミュレーションをするパソコン用ソフト。このソフトのナビコという機能を使うことによって、ある地点からの山岳景観をシミュレートすることができる。また、MBの機能を取り込んで、日本各地の旅先案内をする「山と自然の旅シリーズ」も発売されている。
 →MBの販売元 ILL社のページへGO!

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